コンダクター

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第2章(3)


「…………」
 ワーグナーはネッドの言葉を聞き、沈黙しながら考え込んでいた。
 ネッドは自分の言った言葉について改めて考える。
 訊いたのは、ある一つの疑問だった。その疑問とは、ヴェクサシオンがなぜコンダクターの指輪を見つけられたのかということである。
 コンダクターの指輪は、アイネが隠していたものと推測される。おそらくは、万が一のためにだろう。偉大な魔術師たちは皆、幾多の場所に自分にしか分からない宝物の保管場所を確保しているものである。彼女も例外ではなかったのだ。
 しかし、彼女自身が亡くなったことで指輪の行方は分からなくなってしまった。魔術協会は彼女の葬式が終わったあと、指輪を探す為に行動を起こしたのである。
 その際に、ネッドは魔術協会のワーグナーから内密に情報を貰っていたのだ。だとしたら、ヴェクサシオンに情報を伝えた密告者――つまりはヴェクサシオンの仲間に、魔術協会の人間がいるのかもしれなかった。指輪の情報は位の高い魔術師にしか伝えられていない。ネッドも知っている協会の高位魔術師が、その線に浮上してくる。
「考えられなくはないな……」
 それまで黙り込んでいたワーグナーが、ようやく口を開いた。
「むしろ、可能性は高いと言っていいかもしれない。指輪の情報は普通の情報屋には集めきれない代物だ。それにヴェクサシオンが襲ってきたのがこのタイミングということからしても、十分に考えられる」
「やっぱりか」
 答えはネッドが予想していた通りのものだった。
 ワーグナーは顔をしかめる。
「しかしそう考えると、それはシンフォニーたちか、もしくはその位に近い人物ということになるな。……信じたくはないが」
「俺だって信じたくねえよ。けど、それ以外に考えられないだろ?」
 ワーグナーはネッドの言葉に頷いた。
 実のところ、ネッドはワーグナーには言っていないが、ヴェクサシオンに魔術協会絡みの仲間がいると分かったのには、それ以外にも理由があった。
 ヴェクサシオンがダズベリー家の屋敷を襲ったとき、彼は自分が来るのを宝庫で待っていた。あの男は、ネッドがあの屋敷にいることを知っていたのだ。でなければ、いない者を待つことはしない。
「私のほうでも、魔術協会に探りを入れておこう」
「そりゃありがたいな」
 ネッドは頷いて、この神父は昔と変わっていない、と思った。
 魔術協会を追放になったとき、自分に味方してくれたのは彼だけだった。思えば、彼には助けられてばかりだ。
「ところで……」
 ワーグナーが急に口調を変えて話してきた。
「三年前にも一度尋ねたんだが、君はヴェクサシオンと会ったら、どうするつもりなんだい?」
「それは――」
 今度は、ネッドが顔をうつむけて沈黙した。
 自分は……憎しみで彼を探しているのではなかった。
 知りたかったのだ。
 本当に彼の本心で、自分がコンダクターになるためだけにアイネを殺したのか。ネッドには、それを信じ切ることが出来なかったのだ。だから、彼の気持ちが知りたい。本当の本心を聞きたいのだ。
「それは――たぶん、三年前と一緒さ。とりあえず、探そうと思うよ。後は、それからだ」
「変わらないな、君は」
 ワーグナーはほほ笑ましく笑った。
「そりゃ、あんたもだよ」
 ネッドは肩を竦める。
 ワーグナーの笑みは、かつて彼と初めて会ったときの笑みと、僅かながら違うように見えた。


 ネッドが魔術協会から出ると、そこにはオーリーも、そしてタラの姿も見えなかった。
 おそらくは、どこか近くの店にでもいるのだろう。しかも、あのタラのことだ。涼しいところにでも移動して、ぶつぶつと愚痴っているのかもしれない。
 ネッドはとりあえず、近くの店を一つ一つ探してみたが、どこにもいなかった。
「あのガキども……どこに行ってやがる」
 イライラしながら、もしかしたらもう少し遠くに行ったのかもしれないと、更に範囲を広げて探してみる。そして、探し始めて三十分ぐらい経って、ようやく見つけた人物は――オーリー一人だけだった。
 オーリーのいた店は、入り口付近が何か大きな物がぶつかったかのように壊れていて、店員や客が騒然としていた。
 そして肝心のオーリーは――倒れていた。
 しかも仰向けで、豪快に。
 大体、この様子を見れば大方の予想はついた。
(こいつら……。つってもあの嬢ちゃんはいないが……なんか揉め事でも起こしやがったな……。くそ、あれほど念を押して言っておいたのに)
 頭を抱えて、ネッドは嘆息する。
 それに気付いて、オーリーはむくりと起きると、慌ててネッドのほうに走ってきた。
「アニキ! 大変だって! やばいって! タラが――」
「落ち着け! オーリー、大体わかる」
 その言葉に、えっ! と驚いたオーリーは、ネッドの次の言葉を待った。
「うん。大体わかるぞ。ズバリ、タラがここの飯が不味いとイチャモンつけた挙句、怒って入り口をぶっ壊して逃走した」
「違うって……」
 オーリーは、ネッドがタラをそんな風に見ていたのかと呆れたが、その前に事の真相を説明した。
「だから、なんか急におかしな奴らが襲ってきたんだよ。で、タラが攫われたんだって」
 それでも、口論に夢中になりその隙を突かれて、とまでは言わなかったが。
 ネッドは初めはふざけた調子だったが、攫われたと聞いてからは真顔になった。そして、オーリーが次に差し出したものを見て、目を見開いた。
「それで……。この場所で待ってるって」
 差し出された紙に描かれていたのは、街外れの地図であった。


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