コンダクター

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第2章(2)


「ったく……なんでわたしがこんなところで留守番なんてしてないといけないのよ。そもそも魔術教会の中で話があるったって、わたしたちを連れていっても良かったんじゃないの? ま……チビでノロマなあんたがダメだったとしても、わたしは良いわよね。美少女で優雅な立ち振る舞い、それになんたって関係者なんだし」
「……おい」
 なにやら好き勝手に文句を言い続ける目の前のお嬢様に対して、オーリーはさすがに聞き捨てならないセリフを耳にしたため、声を漏らした。
 だが、どうやらお嬢様にとっては、それは些細なことようだった。オーリーを無視して、目の前のグラスに入ったストローをがしがしと氷に何度も突きたてながら、ぶつくさと続ける。
 嘆息の息をついて、オーリーはそれ以上何も言うまいと諦めた。
 二人がいるのは、魔術教会トラバスタ支部からさほど離れていない喫茶店の中だった。広場の憩いの場のようになっているようで、客入りもなかなかの店である。支部の入口が視認できるぐらいの位置にあることだし、オーリーたちにとっても都合のいい場所だった。
 本音のところを言えば、オーリーは支部の目の前で待っていたかったところなのだが……じゃじゃ馬お嬢様はどうやらそれをお気に召さず、喉が渇いたと言いだす始末。仕方なく、オーリーはこうして広場の店ということで譲歩して、彼女と一緒に喉を潤している最中なのだ。
 それにしても、よく口が動くものだと……耳に届くタラの喚きを聞き流しながら、オーリーは思った。思えば、幼いころからちっとも変わっていない。傍若無人のわがままっぷりも、どこかにネジ巻きでもついているのではないかと思うほどの喋りっぷりも。むしろ拍車がついたとさえ言えるか?
 懐かしい気分にはなるが、少なくとも耳が痛いのは勘弁願いたい。かつてと同様に嘆きつかれたオーリーがそんなことを思っていると……突然、比喩ではなく本当に耳が痛くなった。
「聞いてるの、オーリー!?」
「いててててててっ!! き、聞いてる! 聞いてるってのっ!」
 彼の耳を引っ張りながら、タラが不機嫌に言い放つ。
「じゃあ返事ぐらいしなさいよ、ったく!」
「わーった! わーったから、耳! 耳離してくれえぇッ!」
 ようやく解放されて、オーリーは涙目になりながら赤くなった右耳を労わった。
 なんで俺がこんな目に……。そんな声がオーリーの頭の中に浮かぶが、それを言ったところで改善は望めまい。悪ければ殴られるのがオチだ。
 結論は決まった。触らぬ神に祟りなし――ウェイトレスが持ってきてくれたレモンスカッシュを飲みながら、オーリーはなるだけネッドが早く出てきてくれることを祈った。
 そのときである。
 ――喫茶店の窓をぶち破って、黒い塊が飛び込んできた。
「!?」
 塊は窓と一緒に周囲の壁さえも破壊したようだった。破片を打ち砕き、吹き飛ばし、粉砕する。衝撃に巻き込まれそうになった、ウェイトレスや客の悲鳴が響き渡る。壁をぶち破った黒い塊は、カウンターへとぶつかってようやく止まった。
 飛び散ったカウンターの残骸。塊を前にして、腰を抜かしたマスターはあわあわと声にならない声を漏らしている。突然のことに、何が起こったのか分からない。悲鳴は茫然へと変化して、不気味なように静かになる。
 黒い塊につながっていた鎖がぐん――と引っ張られたのはそのときだった。先ほど塊が破砕した穴から、身の丈がオーリーの二倍はあろうかという巨漢がのそっと顔を出した。黒い塊――太い棘のようなものを備えた鉄球を担ぎあげて、男は身体に落ちてきた粉塵をはたき落とす。
 どうやら、侵入者は巨漢一人ではない。巨漢以外にも、三人のチンピラ風の男たちが遅れてやって来た。
 いや――一人は、違った。最も奥で身構えている男は、明らかに他の三人とは違った雰囲気を纏っていた。他の三人がチンピラなら、その男はどこか整然としていて身のこなしの気品を感じさせる。騎士や兵士のそれに、よく似ている気がした。
 それに、戦いに慣れているのだろう。身体によく馴染んでいそうな皮の肩当てから、マントを纏っているが、その下にある手の動きは見えない。つまり、次の手が予測しにくいということだ。力を誇示するかのように鉄球を持ち上げて、下卑た笑い声をあげる巨漢とは、比べるまでもなかった。
「フン……しけた店だな。で……、ネッドとかいう野郎の連れってのはどこだ?」
「さあなぁ。風体なんかは知らされてないしよ」
 巨漢が岩の怪物を思わせるならば、それに応じた男は痩せこけており、骸骨のそれのようだった。
 対照的な二人の間で、ぼさぼさな髪に鉢巻きを巻いている男が笑う。
「ひゃはは。それじゃあ、どれが誰だかわかんねえじゃん」
「――笑いごとじゃない」
 それを静かな声で一喝したのは、先ほどの剣士の装いをした男だった。男の眼の輝きだけは、他のチンピラとは明らかに違っていた。三人もまた、自分たちがこの男と実力そのものが違うと認識しているのだろう。素直に、悪ふざけは収まった。
 そこまできて、オーリーは彼らにどこか見覚えがあると思った。同時に、状況を大体飲み込むことが出来る。
 奴らは、傭兵だ。
 それも、つい最近になってこの町に来たという、新参者たちだ。確か、その内の巨漢はネッドともめ事を起こしていたか。どういう経緯かは分からないが、奴らの口からネッドという名前が出たということは、あの銀髪の魔術師が雇った連中ということだろう。
(また厄介なのが来たなあ。さて…………どうしようか)
 テーブルの下に身を隠して、思考錯誤を巡らせる。
 途中、ちらりと巨漢の鉄球に目がいった。そこから、視線は次にカウンターの惨状へ移る。
(あんなもので攻撃されたら、それこそ潰れちまうよ)
 思わず、ごくりと息を呑みこんだ。敵に見つかる前に、さっさとこの場をおさらばせねばと念を入れ直し、裏口から出ていこうと背を向ける。だが彼は、ふと思い出して振り返った。そういえば、タラは……?
 と――
「ちょっと! あんた達!」
 チンピラたちのほうから聞き覚えのある声が聞こえたのは、そのときだった。
 全く自分を悪びれるということのない、いっそ清々しいほどの快活な声。目をやるまでもなく確信を抱いて、オーリーは嘆きを通り越して呆れていた。
(あの馬鹿……! なにやってんだよ!)
 案の定、声の主はあの金髪じゃじゃ馬娘だった。
 襲撃を仕掛けてきた男たちに対して、仁王立ちでビシッと指を突きつけている。
「店をこんなにメチャメチャにして、ただで済むと思ってんの! ブランドベルの王立騎士団呼ぶわよ! 慰謝料でも請求してやるわ! てゆーかその前に謝んなさい! わたしのレモンスカッシュ台無しじゃないの! さっさと謝んなさい! 今すぐ謝んなさい! さあ謝んなさい!」
 とにかく鬱憤が溜まっているようで、彼女は怒りの赴くままに喚いた。
 よく見れば、確かに彼女の頼んだレモンスカッシュは、オーリーのものと一緒に床に転がっている。ごもっともと言えば、ごもっともな怒りである。――あくまでも、支払いがオーリーでなく彼女であれば、の話だが。
 いまさら何を言っても無駄であろう。いま、裏口に向けてこそこそと動き出すと目立ってしまう可能性があると判断して、オーリーは再びテーブルに身を隠した。
 同時に、剣士が一歩前に歩み出る。
「お前が、タラ・ダズベリーか?」
「それがどうしたのよ」
「なに――――本当にそうなのだとしたら、少し……痛い目にあってもらうというだけだ」
「へえ。この全国少女武闘チャンピオンのわたしに、喧嘩を売ろうっての?」
 タラはゆっくりと構えを取った。
 記憶の引き出しを探ると、タラは確かに、かつてそのような大会で優勝していた。様になっている構えを見て取るに、今でも武術をたしなんでいるのだろう。
「ふゃっはっは! 武闘チャンピオンか! そりゃおもしれえ!」
「嬢ちゃん。そんなんで俺たちに勝てるとでも思ってるのか?」
 巨漢とぼさぼさ髪が馬鹿にしたように大笑した。
 軽くひねってやろうかと、そのような意思を瞳に宿す。タラは敵意むき出しのままでぎゅっと強く拳を握った。無言のまま、剣士が首で三人を促す。ここにきてようやくはっきりとしたが、やはりあの剣士が男たちの主格なのだろう。
「ふゃっはー!」
 先に飛び出してきたのは、ぼさぼさ髪の男だった。手にはいつの間にか、大きめのナイフが逆手で握られている。それに対して、タラはわずかに身体を沈みこませた。
 男は正面から襲いかかる。軽い、空を切る音。不気味に光を反射していたナイフが、タラへ突き立てられた。
 ――かに思えたが、すでにそこには、彼女の姿はなかった。
「なっ!?」
 男は、驚愕して思わず声を洩らす。
挿絵2-2  タラは男の背後に回り込んでいた。優雅なる金髪を翻して、身体を半回転させている。華麗に開いたワンピースがパラソルのように広がって、中にある何やらお花畑的なものが見えた。
「おりゃあっ!」
 タラはまるで男のような掛け声を出すと、右足を蹴り上げ、男の後頭部に強烈なローキックを放った。まるで骨が粉砕されたような音が鳴って、男はそのままカウンターの奥までぶっ飛ぶ。もしかしたら、本当に頭の骨が粉砕しているかもしれないと思うほどの勢いだった。
「どう? ……まだやる?」
 蹴り飛ばした男を見送ると、タラは再び戦闘態勢を取って、挑発的な態度で残り三人の男たちに言い放った。
「この……! くそアマ!」
 鉄球を担いだ巨漢と、長剣を構えた骨男が二人一緒に身を乗り出した。
(うああぁ……お、俺は知らないぞ……! ……俺は一切知らないからな!)
 事がどんどんやばい方向に回りだしているのを感じながら、オーリーは心の中で無関係を主張する。
 だが、何を思ったか。
 しばらく黙って構えを取ったままだったタラは、くるっと身を翻すと、ツカツカと一直線に歩いてきてオーリーのその腕を掴んだ。
「げぇ……ッ!? お、おい、一体なんだってんだよ……おいっ!」
「いいから来なさい!」
 せっかく身を隠していたというのに、これでは全く意味がない。
 それでもなんとか抵抗を続けるオーリーを引っ張るタラを、男たちは困惑して見つめていた。そして、ようやく元の位置まで戻ってきて、タラはビシッと再び指を突き出した。
「さあ行きなさい! あの猛獣どもを倒すのよ! 我がしもべ一号!」
「ちょっとまてっ!?」
 間髪いれずにオーリーは叫んだ。
「どーゆーことだよっ! 説明が欲しいよ説明がっ! いや、もちろん説明なんてされても意味は分からないと思いますけど! ――そもそもしもべ一号ってなんだ!?」
「そのままの意味に決まってるじゃない」
「決まってない!」
 いつの間にか呼び名が決まっていることに憤慨する。しかし、相変わらずというべきか。タラはまったく悪びれる様子はなかった。
「この世に犠牲はつきもの……それは誰かを守るためには、仕方のないことなの。ということで、頑張ってね、しもべ一号」
 笑顔で、ぽんっとオーリーの肩を叩くタラ。
「嫌じゃー! ――ていうか、犠牲って言っちゃってるじゃん!?」
「なによ! じゃああんた、わたしにあんないかにも危なそうな男どもと戦えっての!」
「さっきは戦ってたじゃねえかよ!」
 それもう、見事な戦いっぷりであった。
 しかも、こっちがまったく望んでいないというのにだ。
「さっきは内心、刃物なんて使うとは思ってなかったのよ! 刃物よ刃物! 刺さったらどばーって血が出るのよ! 乙女の血は高く付くって言葉をあんたは知らないの!」
「そんな言葉は初耳だ!」
 ギャースカギャースカ言い合う二人。
 そんな二人の口論を目の前にしながら――男たちはどちらを先に倒すかを相談していた。


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