廃材のリドル・マート

 マークはジメッとした車で、運転席にいる先輩のベニー・マロンとともに、廃材収集所に向かっていた。無数の道路がまるで蜘蛛の巣のようにひしめき合う街で、街路の眩い明かりが車の中にまで彩りを作る。夕闇の都市に映るのは、赤や青や黄色、それに緑。鮮やかなネオン管の色がマーク達を覆うのだ。
 滑走する車の中は静かなものだった。車の中で音楽をかけない主義のベニーは、黙々と煙草を吸っては煙を吐き出していた。車の中の高性能の通風孔は直ちに煙の存在を感知して除去してくれる。おかげでほとんど煙たいことはなかったが、いかんせん匂いだけはなんとも言いがたい臭さが残っていた。
「吸うか?」
 運転中のベニーは、前方を見たままマークにずいと煙草を差し出した。
「いや、やめときます」
 マークはそれに対して片手を振って応えた。
 マークは煙草が好きではない。そのため、何度かベニーの勧めを断ってきてるが、どうにも彼はそれが理解できていないようだった。だからなのか、はっきり言えば、マークはベニーのことが嫌いだった。別に彼の頭が悪いから、というわけではない。彼は努力をしない、つまり、やる気のない人間だからだ。頑張っても、どうしても相手の心情を上手く理解できない人間はいるだろう。マークはそんな人間とベニーは違うと思っていた。もちろん、そんな悪態をベニーに対して直接言うことはないのだが。
 マークは助手席の背もたれを下げたまま、眠りにつこうかという姿勢で呆然と天井を見ていた。車の中の天井は、とても近かった。
「どうした? 元気がないな」
 ベニーは意地の悪い笑い声を上げた。
「別に、どうもしませんよ」
「彼女にでも振られたか?」
 ベニーは呵々と笑った。
 そんな笑い声がマークの鼻につく。最悪だな。マークは彼の下品さも嫌いな理由の一つだと再認識した。とはいえ、見事に図星を突かれたということも関係しているかもしれないが。
「図星かよ」
 マークの顔色を横目で伺いながら、彼はヤニのかかった歯を見せてニヤリとした。そんな彼に対して、マークは努めて冷静な仕草で笑った。
「別に、振られたわけじゃないですよ。お互いに納得した上のことです」
「へっ、まぁ、いいんじゃねぇか? いまどき人間と恋愛なんてする奴も珍しいもんだぜ。知ってるか? いまじゃあ、男の出生率は9割を越したってよ。女なんて必要ないってきたもんだ。どうだ? 良い恋愛型アンドロイド紹介してやろうか?」
「いいですよ、別に。もう、とっくに1台いますしね。他には必要ないですよ」
「わっかんねぇなぁ。なんで持ってるのに人間の彼女を欲しがるのか」
 ベニーはそう言って首をかしげた。
 ああ、そうだとも。俺にもわからないよ。でも、どうしても人間の彼女が欲しいんだよな。上手くいかないけど。
 車は蜘蛛の巣の道路を抜け出して、都市の外れの孤独な道へと繋がった。人工海域と呼ばれる場所に架かる閑静な道路には、他の車など、たまに通り過ぎるだけである。夕日が徐々に沈んできて、完全に沈み切る頃には廃材収集所にたどり着いた。
 廃材収集所はまるで山がいくつも並んでいるようであり、その多くは壊れた機材で埋め尽くされていた。収集所の入り口は無骨な鉄の門で閉め切られていた。ベニーは手馴れた華麗なドライビングで停車すると、席を降りて入り口の傍にある管理室へと向かった。管理室のドアには四角い読み込み型の鍵が設置されていた。ベニーが管理カードをかざすと、青い発光とともに音が鳴った。続いて、空気が抜けるような音が鳴り、ドアが自動で開く。管理室の中に入っていくベニーを見ながら、マークは車にもたれかかって彼が出てくるのを待った。
 数秒もしない内に、廃材収集所の鉄の門はぎしぎしというひどく耳打ちの悪い音を発しながら開いた。そして、そびえ立ついくつもの電灯がかっと眩い明かりを放つ。それらはまるで劇場のスポットライトのように、廃材の山を照らしつけた。
 ベニーが得意げな顔で出てきて、マークは彼とともに再び車へと乗り込んだ。


 廃材の山が囲う道を抜けて、一際大きな山の前に車は停車した。
 さて、ようやく仕事の時間か。辺りは巨大電灯のスポットライト以外に明かりはない。遠くを眺めれば、都市の点々とした光が見える。あの場所に比べて、ここのくたびれた空気はひどいものだ。マークは収集所に来るたび、いつも思っていた。なんで、ここはこんなにも哀しい場所なのだろうか。あれだけ煌びやかで華やかに彩られている都市の光景とは、まったく正反対だ。かつてはこの山に埋もれる機材も、あそこで起動してはずなのに。
「んじゃ、早速はじめるとするか。お前はそっちを頼む。俺は向こうを探すからよ」
「了解です。それじゃ、3時間後に落ち合いますか」
「ああ。それでいい」
 ベニーはマークから反対の方向に歩き出して、やがて見えなくなった。マークは自分の持ち場へと向かい、そして廃材の山の中へと荒々しく乗り込んだ。
 服装はそのためにボロボロの作業着とコートを着込んでいる。コートとは言っても、いつ捨ててもおかしくないほどに薄汚れているが。夜は作業着だけでは寒い。そのための防寒着のつもりだったが、枝のように突き出ている金属に引っかかることが多く、失敗したかと後悔した。
 適度なポイントに辿り着いて、マークは廃材を掻き分けた。一つ一つ、使えそうなものを丁寧に調べていく。ほとんどのものは全く価値のないものばかりだが、中には一際原石のように輝くものもある。マークにとっては、既に慣れた作業だった。
 ゆうに1時間は経っただろうか。都市ではとっくに夕食の時間になっているだろう。調理法をインプットされたアンドロイド達が、男に愛の手料理を作っているに違いない。ともすれば、それを食べる俺達はまるで同じ人形のようだ。マークはくすりと笑った。
「何がおかしいの?」
 ふと、背後から声が聞こえた。だが、それは生気のある人間の声ではなかった。まるでラジオのノイズが声の形をしているような、そんな歪で無機質な声だった。マークは振り返った。すぐに分かった。声を出していたのは、首から下が埋もれている、男性型アンドロイドだ。旧型も旧型だろう。その顔はただの人間の形を模した銅像のような顔だった。髪もなければ、肌の肉感もない。アンドロイドは再び言った。
「何がおかしいの?」
「……俺達がお前達と同じみたいだと思ってな。それで笑っただけだ」
「へぇ、君はアンドロイド?」
「見れば分かるだろ? 俺は人間だ」
「ああ、ごめん。視覚機能が壊れてるんだ。声だけしか分からないんだよ。温度センサーも光学センサーも機能してないし……。ごめんね」
 アンドロイドは長年動いていなかったのか、ぎしぎしと錆付いた音を鳴らしながら、ゆっくりと頭を下げた。
「いや、謝らなくてもいいんだが。……珍しいな。この場所で喋れるアンドロイドがいるなんて」
「こないだの雨のせいかも。よく分からないけど、機能が回復したんだ。それまでの記録は消失してる。2561年からの記録がないよ。いまは何年?」
「2612年だ」
「ああ、もう50年は経ってるんだね」
 アンドロイドは表情を変えず、声のトーンだけで悲しみを表現した。プログラムされた機能だというのに、マークにはどうにも人間じみたものに感じた。50年前のアンドロイド。見たことはあるが、それも博物館でのことだ。男性型アンドロイドはもはや工場の作業用としてしか活用されていない。いや、あれを男性型と言っていいのかははなはだ疑問である。あれは顔もなければ、声も音声信号を繋げただけのものである。もはや男性型アンドロイドは退化している。それも、意図的に。
「埋まったままだと大変だろう? 掘り出してやろうか」
「本当に? ありがとう。助かるよ」
 マークは彼に興味を持っていた。それは、仕事としても、また、自分自身としても。
 彼の身体を埋め尽くす廃材を、出来るだけ彼を傷つけぬように撤去していく。そう時間も経たぬ内に、アンドロイドを這い上げることに成功した。
「ありがとう。助かったよ。僕の名前はリドル・マート。製造番号はRM−20−467」
 アンドロイド――リドルはそう言って手を差し伸べてきた。マークはその手を握ったが、記憶金属のみで出来ている肌はひんやりとして冷たかった。
「俺はマーク。マーク・リアーズだ」
「よろしく、マーク。君はここで何をしてたんだい?」
 リドルの質問に、マークは少しだけ躊躇した。それは、まるでリドルを傷つけてしまうような気がしたからだ。しかし、その心もすぐに吹き払われる。アンドロイドに傷つくかどうかなんて、関係ないことじゃないか。
「俺はスクラップセレクターっていう仕事をしてるんだ」
「スクラップセレクター? 僕のデータにはないなぁ……」
「この仕事が出来たのも、20年前ぐらいからだからな。内容は、廃材から利用価値や研究価値のあるものを探し出して、依頼された企業に受け渡すこと。良く言えばリサイクルだが……悪く言えば技術泥棒であり、またはコスト削減にも繋がる」
「なるほどね。ということは、僕はスクラップってわけか」
 リドルは感慨深げに言うと、廃材の山の中からチタン製の椅子を掘り出して、おもむろに座った。
「気を悪くしたか?」
「まさか。捨てられた直後の記録は残ってるし、この光景を見たら予測は出来たよ。それに、アンドロイドには感情がないんだ。感情があるような仕草や表情、声色も、全て作られたものだからね。あまり気を悪くするってのはよく分からない」
 リドルは大げさに頭を振って笑みを浮かべた。
 マークは、それがリドルの励ましなのだと気づいた。恐らくは、気にする必要はない、とでも言いたいのだろう。彼の傍で座り込んだマークは、まるで父を見上げる子供のような気持ちで、リドルを見つめた。少なくともリドルは、今まで自分の見てきたアンドロイドとはどこか違っていたのだ。
「僕は君のお眼鏡にかなったのかな?」
「……そうだな。でも、まだ時間はある。人間で言うところの思い出ってやつを作るだけの猶予はあるぜ」
「へぇ、なら、聞いてもいいかな? 出来れば、その思い出ってやつを作るためにも答えてくれると嬉しいな」
 リドルの眼差しに、マークは頷いた。
「どうして、僕達は消えたの?」
 マークは思ってもいなかったその質問に、ただ呆然として、心の中で焦燥に駆られるしかなかった。戸惑いながら、何も発することも出来ず、無言の時間が続く。やがて、マークは卑怯にも、質問を返すことしか出来なかった。
「知ってたのか?」
「知らない。でも、少なくとも僕の記録が残っているときから、予想は出来てたよ。多くの情報から、1年間分ぐらいの未来は、大まかだけど予測できるんだ。そして、目が覚めたらこの光景だよ。何となく、気づいた」
「そうか」
 マークは立ち上がった。そして、彼の背後に回って、山の頂上まで登っていく。
 リドルはそれを追いかけた。頂上まで辿り着いたマークが見ている視線の先には、瞬く明かりがあった。
「あれが、いまの俺が住んでいる都市、リザーシティだ。多分、50年前の名前は第二ブラウドシティだったと思う」
「正解。僕が住んでたのは第二ブラウドシティだ」
「リザーシティはブラウド区画から新しく独立したんだ。今では世界中があの都市に注目してる」
「理由は?」
「リザー。マザーオバリーと呼ばれるシステムの名前であり、呼称だ。それが理由なんだ。多くの女性母体情報を共有、そして解析、促進させていくことで、常に一定レベルの進化を促すことができる。巨大な卵巣だよ。リザーがある限り、種としての女は必要ないという結論が出された」
 マークの言葉に、リドルは何も言わなかった。何を考えているのだろう。プログラムの範疇内で、彼は何を思考するというのだろう。
「そして、人間的思考も、アンドロイドの成長も、必要ないと考えられた。もちろん、機械としての成長は目まぐるしいけどな。だけど……アンドロイドに感情はもうない。どちらかと言うと、ロボット、と言ったほうがいいのかもしれないな」
 マークの声を聞きながらも、リドルは佇んでいた。そして、やがて彼は口を開いた。
「そう……。じゃあ、人間の種はその、リザーに繋がる女性型アンドロイドで産まれるんだね」
「ああ。だから、俺の母親はリザーだよ」
「だけど、だとしたら君は、なんでそんなに悩んでるの?」
 リドルの質問は、マークにとって些か奇妙なものだった。彼の意図が、よく理解できない。
「どういうことだ?」
「多分僕は、感情をプログラミングされた、最後のアンドロイドの一体なんだと思う。だから僕には……最後までその結果を見守る必要があるんだ」
 マークがリドルの意図を測ろうとしていたとき、彼の瞳が僅かに凝縮した気がした。途端に、リドルの身体が前のめりに動いたかと思うと、マークは背中に注射の針を数本同時に刺されたような、ちくりとする痛みを感じた。リドルを見る視界の端で、コードが伸びている。
「おまえ……なに、を……」
 リドルに掴みかかろうとしたとき、眠気にも似た安らかな暗闇とともに、彼の意識は閉じられた。


 部屋にいた。自分の部屋だ。高層マンションの一角であり、一人で住むには大きい部屋だった。
 壁一面に広がる窓からは、朝の曇り空がよく見えていた。二つのベッドが並ぶ寝室には、壁に埋め込まれているかのような薄型の空間モニタがある。いつもならば、起きたらテレビを見るのだが、今日の気分は違っていた。
 マークは起き上がり、バターとコーンの香りがするリビングへと向かった。隣のリビングでは、キッチンで一人の女性が何やら作業をしている。手料理を作っているのだと、すぐにマークには理解できた。カウンターに隣接したテーブルに座ると、女性が彼に気づいてにこやかな笑みを浮かべた。
「おはよう、マーク。今日はフレンチトーストとサラダよ。ねぇ、カフェオレとミルクはどっちがいい?」
「おはよう、シンディ。悪いけど、カフェオレを頼む」
 シンディは快く注文を受け入れて、ミルクをレンジで温め始めた。
 マークはどこかそこに懐かしさを感じる。なぜだろう。そうだ。これは母の記憶だ。子供の頃は、母がよく手料理を作ってくれた。形は決して店で出されるように芸術的なものではなかったが、味は決して引けをとっていなかった。
 シンディに母のような愛情を感じているのは確かだ。彼女といつか結婚したいと思っている。だが……それはおかしいことなのだろうか。人間の女性と結ばれる人など、たった1割にも満たない。
「はい、おまたせ」
 考え事をしているうちに、シンディは朝食をマークの前に並べた。
「おいしそうだな」
「ええ、自信作だもの」
 彼女自身も席に着き、二人は揃って朝食を食べはじめた。まるでとろけるような卵と牛乳のフレンチトーストだ。甘みも程よい。それに、シュガーとシナモンがよく効いていた。母に作ってもらったフレンチトーストは、シナモンたっぷりだった。母ほどの量はいかなくとも、その贅沢感は満足できる出来だ。
 だが、真ん中の部分を食べたとき、マークの顔が険しくなった。
「おい、なんだ、これ」
「どうしたの?」
 マークは自分の食べかけのフレンチトーストを一点に見つめている。
 苛立ちが募ってきた。最近はとくに多い。彼は何とか自分を静めようと試みるが、意識はそれを拒んでいた。フレンチトーストの真ん中は、卵と牛乳が上手く染み込んでいなかった。母の料理はこんなものではなかった。なぜ、出来ない? 心の中で、マークは彼女に問いかけている。
「こんなのは料理じゃない。こんなのは……!」
 次の瞬間――マークの苛立ちが沸騰した。食器を割るほどの勢いで、彼は朝食を殴り飛ばした。
 その騒音に、シンディの顔は引きつって、恐怖の色が浮かび上がる。
「なんでだ! なんで出来ないんだっ! くそっ、くそっ、なんでこんな……!」
 呼吸が荒くなり、机をがんがんと叩きながら彼は憤怒の顔をしている。まるでそれは、獣が敵対心をむき出しにしているときの様子だった。
「そんなの、ちょっとした失敗でしょ……?」
「失敗? 失敗なんてするわけないだろっ! 母さんは何でも完璧だった! 街中を見てみろっ! みんな完璧なんだ! 失敗なんてないんだ!」
 窓に近づいて、大げさに身振りを加えながら、マークはがなり立てる。
 シンディはにじみ出ていた恐怖を塗り替えて、冷静さとひどい侮蔑感を持ち始めた。やがて、彼女は言った。
「でもあなたの母親は、アンドロイドでしょ?」
 マークの動きがピタリと止まった。
 人形のように、首と目だけが、シンディをぼんやりと見つめている。
「人間は失敗があるわ。完璧じゃないから、私達は人間なの。それが望めないなら、アンドロイドとでも結婚すればいいわ」
 彼女はそう言い残すと、そそくさとリビングを出て行った。マークは虚ろな瞳で、シンディがいなくなった後を見つめていた。
 母さんはシナモンたっぷりのフレンチトーストを作ってくれた。母は何でも出来た。掃除、洗濯、料理――。
「何か不都合でもございましたか?」
 マークに声をかけてきたのは、一体のアンドロイドだった。女性型で、どんなことでも完璧にこなす、究極の付き人。そう、それは子を成すことさえ、完璧だ。アンドロイドはマークに近づいてきた。
「近寄るな、近寄るな……! ああああぁぁぁ……っ!」
 マークは隅っこに飾られていた模造の銃を手にとって、アンドロイドに叩きつけた。部品がこなごなになっていく騒音がかき鳴らされた。部屋には、多くの残骸が飛び散っていく。何度も、何度も、マークは銃を振ってアンドロイドを破壊していった。やがて、息が切れて、床に膝をつく。アンドロイドは、なんとも聞き取れぬ甲高い声でマークを呼んでいた。
「くそったれ……!」
 マークは崩れ落ちた。苛立ちは、消えることなく募り続けた。


 暗闇の向こうから高速で近づいてきた光は、閃光となって視界全体に広がった。途端に、殴られたように意識が回復した。
 マークははっとなって周りを見回した。何も変わっていなかった。リドルは椅子に座りながら彼を見下ろし、マークは彼を見上げた。
「な……ん……」
「ごめん。ただ知りたかっただけなんだ」
 彼は頭を下げて謝った。
 マークはようやく気づいた。過去を見られていたのだ。覗かれたのだ。
 だが、不思議にも怒りは湧いてこなかった。むしろ、どこか安心したような気分だ。俺の苦しみを分かるか?
「そうか。どう思う?」
「……くだらないと思う。これが、僕達の消えた結果なんだと思うと、悲しくも思う」
「悲しいなんて思うのも、プログラムだろ?」
 リドルはなんとも悲痛な顔で、マークを見つめた。
 なんでそんな目で俺を見る。俺が一体なんだというんだ。
 どれほどの時間が経ったのか、分からなくなっていた。早くも感じられれば、遅くとも感じられる。巨大な電灯の光だけが、影を作る。その影を見つめていると、次第に視界の感覚さえ、おかしくなりそうだった。マークはリドルを睨むようにして見ていた。
「もしかしたら、人にアンドロイドは必要ないのかもしれないね」
「そうしたら、俺は彼女と仲良くやれたのか?」
「……それは断言できるよ。間違いなく、ね」
「子供も作れる?」
「うん、もちろん」
 リドルは笑った。マークも、それにつられるように、かすれた笑い声を漏らした。
 二人が笑みを交し合ったあとで、リドルは静かに、唐突に、そして呆然として、機能を停止した。モーター音が消えていくような、そんな音がした。それが完全に消え去った後で、マークは彼の目にもはや色も何もないことを知った。
「マーク?」
 廃材の山の下から、ベニーの声が聞こえてきた。彼はなにやら手を振って、もう集合だということを叫んでいる。
 マークは彼のもとに降りていこうとして、途中でリドルを振り返った。僅かに、意識では思考が巡らされた。彼を連れて降りようかどうか。だが、マークはその考えを振り払うと、まるで何もなかったかのように降りていった。
「どうした? 何かめぼしいものでもあったのか?」
 マークのどこか清清しい顔に、ベニーが訝しげな面持ちをしている。
「いや、何もなかったよ」
 収穫がなかったことを嘆くベニーとともに、マークは車に乗り込んだ。
 果たしてリドルは死んだのか。どうにもこうにもマークにはよく分からない。だが、リドルのことを考えると、マークは自然と自分がくだらなく思えてきた。
 帰って一眠りしたら、花を買いに行こう。そして、真ん中にミルクと卵の染みていないフレンチトーストを食べよう。
 それが、最高だ。